「届く光」とはなんなのか? 第3回 「続・レコーディングという出来事」

ここですこし話は変わって、ぼくの過去のレコーディング体験について話したい。
マーガレットズロースの初期作品をレコーディングの際、
カフェ・オ・レーベルの原さんが苦心したことは、
どうやってバンドのストーリーや奇跡の瞬間をそのまま真空パックにするかということだった。
そのために荒川土手で野外一発レコーディングしたり、
スタジオでセッティングした状態のままライブを観に行って(ブラッドサースティーブッチャーズ@渋谷クアトロ)、帰ってきてすぐ曲順通りに一気に演奏したりした。

 

この頃、ぼくにとってレコーディングとはどこか神聖な出来事だった。
今思えば土手でやることや、ブッチャーズのライブを観ることが大事だったわけじゃなく
バンドの精神状態を極限まで高めること、そして結果的に「グッと来る」ものにすることが大事だったわけだ。

 

3rdアルバムはピースミュージックの中村宗一郎さんと録った。
中村さんは原さんとは対照的な人で、バンドがどんな音を求めているか、そのために何をするべきか。そんなとても職人気質なタイプだった。
当時ぼくらはどんな音と訊かれても「古い」とか「熱い」とかいう言葉でしか答えられず
中村さんも困ってしまったと思う。
ぼくらが必死にストーリーを求めて演奏すると
「レコーディングで本当に熱く演奏しちゃいけない、熱く演っているようにやらなければ」
とアドバイスしてくれた。
今なら理解出来る。言葉は違うけど、結局は「グッと来るかどうかが大事」ということだ。
若かった僕らと中村さんの出会いは若干の空回りもあったが
「こんな日を待っていたんだ」(ミディ・クリエイディブ)というアルバムは隠れた名盤だと思う。

 

その後ぼくらが思い描いたレコーディングという神話はライブ盤「ネオンホール」(エンジニアは再び原氏)で最高点に到達し、同時に終わりを迎えた。
ぼくらはステージ上で命が果てることを夢見て、結局生き延びた。
レコーディングでここまで命の集中力を高めることは、もうできない。
それにそんなもの、誰も求めていないのかもしれないと、拗ねた。

 

そしてマーガレットズロースは自主レーベル・オッフォンレコードを設立。
エンジニアの松本賢氏と作ろうとしたのは、ライブとは違う魅力を持った録音作品だった。
もっとたくさんの人に聴いて欲しかった。
そこからはじめていろんな音楽を「音」として聴くようになったかもしれない。
「〇〇みたいな感じ」という方法で説明できるようになった。
ミュージシャンらしい単語でコミュニケーションできるようになった。
「DODODO」「ぼーっとして夕暮れ」「マーガレットズロースのロックンロール」。
このあたりからマーガレットズロースを聴くようになったお客さんも多いと思う。

 

上野洋氏と組んでミディから発表した「darling」の録音作品としての精度は過去最高と言える。
精神論ばかりだったぼくの耳でも随分いろんな音が聴こえるようになった。
そして昨年出した「まったく最高の日だった」。
結成20周年、さらにギターの熱海裕司が加わったストーリーと「音」のバランスがうまい具合に調和したロックアルバムになった。

 

前置きが長くなってしまったが、つまりぼくのレコーディング史ははじめ精神的なところからはじまって、挫折(?)し、その後録音作品として完成度を求めるようになっていくという過程を経て現在に至る。
それでは今作「届く光」のレコーディングはどんな位置付けになるのか?
ひとことで言うと精神的な価値観に立ち返った。
「グッと来るか来ないか」とはそういうことで、演奏が間違っていたり、声や音程がおかしかったりしても、結果グッと来たら良い、ということになる。
この「グッと来る」というのはものすごく主観的な価値観なので危険な面もあるが、
いままで20年マーガレットズロースをやって来て、ぼくにも積み重ねてきたものがあったし
集まったメンバーはぼくが最高だと思う演奏家だ。
つまり技術的な裏付けがあっての「グッと来る」なのだ。
それにはやっぱり船戸さんの存在が大きかった。

 

いままではやった方がいいことはやり、入れた方がいい音は入れてきた。
今回はやならくていいことはやらず、入れなくていい音は入れないことに力を注いだとも言える。
バンドのテイクがオッケーになって、さあコーラスを入れましょうというところで
「入れなくてええんちゃう?」と船戸さん。
「でも入れてみてから判断というのは?」とぼく。
「迷うからやらん方がええって!」

 

極端な話、歌詞がまちがっていてもそっちを採用したりした。
「2回まちがったらそっちが本当」とは船戸さんの名言。

 

それから船戸さんは最初から最後までなるべく一回で続けてうたうことを大事と考えていた。
ふちがみとふなとでは途中でとまったらもう一度最初からやりなおしているという。
最近のぼくは1フレーズ1フレーズ、最高の表現で形にすることを大事にしていた。
だからテイクのつぎはぎになっても最終的にイメージしている歌唱に近づけたらよかった。
そんな方法が船戸さんはよくわからない様子で、
「出来上がりに無理がある」
「人間っぽくない」
「飽きた」
とこぼしていた。

 

「夢の人」という曲で、そんなふうにちょっと険悪なムードになって
次の日はじめから歌い直した。
つぎはぎのテイクと一回で最後までうたったテイク。
結局どちらを採用したか、ぜひ聴いてみて想像していただきたい。

 

そんなエピソードを重ねながら、だんだんぼくははじめてレコーディングした頃のことを思い出していった。
レコーディングで大事なことはなんだろう。
もちろんひとつの正解があるわけじゃないけど、
今回の場合は「もう一回やってと言われてもできないこと」がテーマだったように思う。
演奏している指がもつれたり、声が喉にひっかかったり、リズムが裏に入ったり、
ベースのピッチがおかしかったり、
正確な演奏はもう一回そっくりに演奏できるけど
偶然起こった失敗はそれっきり、再現できない。

グッと来る方を選んだら、結果的にそんな愛おしいテイク満載のアルバムになった。
こんなふうにいったらどんなにボロっちい演奏なのかと思うかもしれませんが
そんなことはありません。安心してご購入ください!

(意図と違うことが失敗とは限らない。その瞬間、偶然にどう反応できるか?)

第4回に続く

「届く光」トレーラー動画こちら↓


「届く光」とはなんなのか? 第2回「レコーディングという出来事」

平井正也BANDのメンバーはそれぞれ大分、京都、東京、名古屋に住んでいるため
まずどこで録音するかが問題だった。
制作費は自分で出して自主レーベルからリリースするつもりだった。
録りたい曲はあるけど、手元にお金があるわけではない。
予算を考えるとまずライブハウスにお客さんを入れてレコーディングすることを考えた。
そうすればチケット代をレコーディングの費用に充てることもできる。
候補は東京なら秋葉原クラブグッドマン、東新宿 真昼の月夜の太陽、
京都なら磔磔、大阪ならムジカジャポニカ、マーサなど。
けれどライブレコーディングはいままでもソロでやってきた方法だったし、
お金のことはあとでなんとかなるだろう、ということで結局スタジオでレコーディングすることに。
かなり楽観的だけど、なんでも迷ったら直感にしたがって決めていく。
スタジオは京都のstudio SIMPOに決定。
エンジニアの小泉さんの仕事は片山ブレイカーズやくつした、スーパーノア、シックスブリッツの音源で良いなーと感じていたし、昔小泉さんがやっていたバンド、ママスタジヲとはマーガレットズロースで共演したこともあるので、いいノリで作業が進むと思った。

 

日程は4月19日から3日間で8曲が目標。
まどかは今回のレコーディングではじめて一緒に演奏するわけで、ちょっと不安そうだった。
できるだけリラックスして臨めるように、まず4月16日に浜松エスケリータ68で二人でライブした。
(浜松のみなさんのおかげでアホほど盛り上がる。)
それからレコーディングまでの2日間、二人でできるだけアレンジを詰めて当日の朝。
名古屋のまどかの自宅から出発する直前、ぼくがうっかり開けっぱなしにしてしまった玄関から
一瞬の隙に愛猫のラフちゃんが逃げ出した。
隣の家の物陰に潜むラフちゃん。どんなに呼んでも、モノで誘っても出てくる気配はない。
「わたし今日行けないかも…」まどか半泣き。今回のレコーディング最初のピンチ。
こんな時、大好物のカツオブシさえあれば…ぼくは早朝のコンビニにダッシュ。
自動ドアが開くなり外国人の店員さんに「カツオブシありますか!?」と尋ねた。
「カツオブシアリマスヨ」。
速攻買って戻る。
ラフちゃん捕獲に成功。
そうして無事京都に到着。めでたしめでたし。
アディーはヘッドホンで音楽聴きながら、船戸さんはウッドベース抱えて自転車で颯爽と登場。
ここではじめて4人が揃った。

 

はじめて入ったSIMPOは思っていたよりだいぶ狭かった。
レコーディングルームでドラムとキーボード、
ミキシングブースでウッドベース、
廊下(!)でギターとボーカルをそれぞれ演奏し
音の被りがない状態でせーので同時に録音する作戦。
ちなみにこの方法で録るのははじめてとのこと。

 

でもどうしても同時に演奏したかった。
そうすることで一人ではできないプレイが引き出されると直感していたから。
船戸さんのベース。それが鍵だ。
本当は顔を見ながらできたら最高だけど、とにかく船戸さんと同時にやることが重要だった。

 

「録音する前に同じ部屋でアレンジの確認をしましょう」と提案するも
船戸さんの「もうやっちゃおう」という一言でそのままレコーディング開始。
ヘッドホンでコミュニケーションをとりながら1、2回合わせたらすぐに録っていく。
そしてやはり船戸さんの「いまのでええんちゃう?」という一言でどんどん進んでいった。

 

これは決して船戸さんがテキトーなのではない。
メンバーの力量を瞬時に理解しているから言えるのだ。
もしかしたら10回やったらもうちょっといいテイクが録れるかもしれない。
でも客観的に聴いたらほとんど違いはないかもしれない。
船戸さんにはその客観性があった。
音は別々に入っているのでパートごとに録り直しも可能。
でも「いまのところ間違えたのでもう一回やりたいです」と言っても
「わざとやってるように聴こえるから大丈夫や」と説得されてどんどん進んでいった。

 

この船戸さんの現場進行がなければ3日間ではとても予定の曲数は終わらなかった。
いつだって「間違ってるかどうか」じゃなくて
「グッと来るか来ないか」で判断していた。
これは本当に大切なことだった。

(第3回に続く)
平井正也BAND1stアルバム「届く光」
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「届く光」とはなんなのか? 〜第1回 「平井正也BANDとは」〜

2017年9月15日、平井正也BANDの1stアルバムが発売になります。
すでに全国のCDショップやAmazonなどで予約注文がはじまっていますが
発売元のnelco records本社(自宅)では家内制手工業を駆使して日夜生産中であります。

 

この「届く光」という作品について、早く何か書かなければと思いながら
なかなか筆が進まなかったのは、
この音楽がとても自分に近いからなんじゃないかと思います。
自分のことを説明するのはとても難しい。
でも、「これが平井正也です」というものが作りたかったんだから
間違っていなかったと信じています。

 

曲を作っている時
スタジオでうたっている時
ミックスのアイデアを考えている時
マスタリングの音像を想像している時
ジャケットのアートワークについて相談している時

 

その瞬間瞬間に、もしもいま自分が死んでしまったら
なんてことをふと考えてしまいました。
それくらい、手応えを感じながら制作を進めてきて
これを届けない限りはまだ死ねないという思いだったのです。

自分のわがままを叶える作品だったけど、決して自分ひとりでは作ることはできませんでした。


そこでどんなふうにしてこの作品が作られたのか?
この「届く光」とはなんなのか?
ちょっと大げさですがテーマごとに分けてお話ししてみようかと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「届く光」とはなんなのか?
〜第1回 「平井正也BANDとは」〜

 

2016年、マーガレットズロースは結成20周年を迎え6年ぶりのアルバム「まったく最高の日だった」をリリースした。
久しぶりに全国ツアーもして、バンドとして今が最高だと実感したが
メンバーと遠距離であることや、それぞれの生活スタイルを考えると活動は制限されるのが現実で
バンドを続けるならぼくの音楽的欲求のすべてをマーガレットズロースで消化しようとしない方が良いと考えるようになった。

平井正也のソロアルバムを作ろうと思ったのはそんな自然の流れで、ソロアルバムというよりはマーガレットズロースにとらわれずに、自分が思いつく最高の形で音楽を形にしたくなったのだ。

 

2016年5月、ベースの船戸博史(ふちがみとふなと)、ドラムの鈴木亜沙美(ミチノヒ、僕のレテパシーズ)と3人で平井正也BANDとして大阪ムジカジャポニカで初ライブ。
二人とはそれぞれ別々にライブ録音のCDを作っていて、3人でレコーディングするためのステップとしてのライブだったが、最高だった。美しさの中にいて、まだ知らない自分の可能性も垣間見た。

そこに鈴村まどか(PLUTATA)が加わる。
まどかはPLUTATAでアイリッシュハープやティンホイッスル、ピアノを演奏していて
彼女のフレーズのなんともいえない魅力は前から気になっていた。
どんなことを伝えようとしているのかが直接伝わってくるような。
秋田のハイコーフェスで共演した時に平井正也BANDに(正確にはレコーディングに参加して欲しいと)誘った。
この時はまだ平井正也BANDという名前はアルバムのレコーディングメンバーの呼称のつもりで、固有のバンドとして活動するのかは自分でもわからなかった。

 

みんな住んでいる場所も年齢も、やっているバンドの音楽性もバラバラなのに
なんでか集まった。
それはぼく、じゃなくて、「うた」が呼んでくれたからだ。
はじめに「うた」があった。
だから、他の何が違っても問題じゃなかった。
ぼくも「うた」に呼ばれた一人だった。

 

4人が集まったのは4月のレコーディングの時が初めてだった。
これじゃあ、普通はバンドとは言わないかもしれない。
だけどレコーディングを進めながら
「このアルバムは平井正也じゃなくて平井正也BANDとして出した方がいい」と感じはじめていた。

 

これは、ぼくの性質の問題かもしれない。
一緒にいると、どんどん無関係でいられなくなってしまう。
何かを共有したくなる。
「仲間」という意識が次第に大きくなる。

 

はじめは曲ごとにメンバーが出入りするソロ作品らしい自由さを想像していたのに
集まってみたらほとんどの曲を全員でアイデアを出し合って同時に演奏した。
それはまさにバンドの姿だった。
結局ぼくがやりたいことは自分の中にある音を忠実に外の世界に再現することではなく、
人と人との間に生まれるものを捕まえにいくことだったんだと思う。
「届く光」のサウンドはこの4人の関係の中で生まれた。
はじめからぼくの中にあったものではない。

 

3日間のスタジオレコーディングではやれるところまでやって
もれた曲は6月にライブでレコーディングするつもりが
出来立ての新曲含め、10曲全部録り終えてしまった。

おかげで6月の大阪マーサは、ただのワンマンライブになってしまったが
そんなふうにただライブをすることが本当に楽しかった。
6月にもう一本やった名古屋得三のライブの後、まどかが
「またみんなで集まりたいから平井ちゃん、ライブ組んでね」と言った。

 

(第2回につづく)


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タイトルがうかびません!

2017年6月10日。
わたくし平井正也、40歳の誕生日。
ライブをします。
会場は秋葉原クラブグッドマン。

 

出演は・・・
平井正也、
マーガレットズロース、
平井正也BAND、
マガズロサクセション、
nelco、

 

そうです、全バンド自分でうたいます!
それも全40曲!!

 

さらに友情出演でギタリストのyuichiro takahashiも参加。
あんな歌、こんな歌を
あんな編成、こんな編成で
おおいにうたうのです。

 

 

本番3ヶ月前の今日から告知を開始する予定で準備を進めていたのですが
なかなかぴったりくるタイトルが決まらない・・・。

 

そんな中、先日のツアー中にこころにうかんだ言葉
「この魂を見つけてくれてありがとう」。

 

これをタイトルにしよう!と決めて
やはりツアー中にタイミング良くクラカタレイコさんに撮ってもらった写真にタイトルをあててみると、、、
あれ?なんか、葬式みたいじゃん!おれ死ぬのか!?

これは違うな。
堅いし、暗いぞ。

 

それじゃあいままで続けて来た「平井正也、おおいにうたう」というイベントのスペシャル的な、

愉快な、ユーモアあるタイトルの方向で行こう!

「平井正也、マジでおおいにうたう」
「平井正也、みんなとおおいにうたう」
「平井正也、いろんなバンドでおおいにうたう」
「平井正也、めっちゃ豪華におおいにうたう」
「平井正也、過去最高おおいにうたう」

 

・・・・。
うー!決められないよー!!
こうなったらみんなに考えてもらおう〜!


「平井正也、○○○おおいにうたう」
の○○○にあてはまる言葉を選んでもらってもいいし
最初から自由に考えてもらってもいいです。

 

これから始まる40代をおおいにたのしむ最初のお祭りをしたい。
ぼくを見つけてくれたみなさんに大きな感謝を伝えたい。
ひとりでああだこうだ悩むより、みんなで考えた方が絶対おもしろい!

 

というわけで40曲ライブのタイトルを募集します!
ブログやFacebookのコメント欄での投稿大歓迎!
こっそりメールしたい人はhirai@magazuro.comまで。
みなさん、お気軽によろしくお願いいたします!!

※「不惑の40曲ライブ!」ってのはつけようと思います。
すでに惑いまくっているけど・・・笑

 


噛み合ってるようなずれてるような

2016年12月3日

マーガレットズロースの「まったく最高の日だった」ツアーファイナルを福岡MUSKで。
このツアーのおかげで、たくさんの人に会えた。
なにより九州に移住してから、こんなにバンドのメンバーが集まったことはなかった。


ボギーに誘われて串カツやにてライブ前の打ち上げ。撮影:畠山浩史




ライブ撮影:宇宙大使☆スター

ライブが終わってから、お客さんも、メンバーも、みんな本当にいい顔をしていたな。いつも忘れているけど、みんなキラキラ光っている。それを隠したりしなければ。ライブをするとそれを思い出す。大事なことは全部、思い出すこと。

ライブのことはバンドのブログの方に書いたけど、ボギー、緒方さん、手島さん、ノントロッポ、チクワクラブ、MUSKのスタッフの方、集まってくれたお客さん、遠くからも会いに来てくれた友達、みんなありがとう!

打ち上げ後のラーメン。

やまちゃんにて。

粕谷の泊まるホテルの前で、
「お前とも腐れ縁だな」
「もう発酵してるな」
噛み合ってるような、ずれているような言葉を交わしてじゃあな、と別れる。

主催の緒方さん、ぼくらが現地集合現地解散なもんで、ドライですね、と。
だんだんライブ以外のことはあまり気にしなくなってくる。
それはバンドがいい状態ということなんじゃなかろうか。





撮影:宇宙大使☆スター

結局、旨いのは油

2016年11月29日

ツアーから帰ってきたら必ず食べに行く、別府の山田チキンカリー。これを食べないと旅先から魂が帰ってこない。帰りのフェリーを一本遅らせてタカくんとゆきちゃんも一緒に行った。
厚いコンパネで作られたカウンターは一席ずつ壁で区切られて、おのおのがカレーと向き合うスタイル。徹底してカレー以外の余計な演出を排除したこの店は、決してカレーを作っている店主が見えないようにできている。声さえ聴こえない、日本人なのかどうかもわからない。愛想のいいおねえさんに最初に入り口で注文して、おねえさんが届けてくれる。 もうぼくはうかつにカレー好きとは言えない。なぜなら山田チキンカリーを食べてしまったら大抵のやわなカレーを食べても物足りなくなってしまうのだ。ぼくは山田チキンカリー好きなのだ。
その旨さの秘密は油にある。詳しくは何の油なのかわからないが、無料でオイル増しにすることができる。そうするとカレールーの器から溢れるほどの旨い油が盛られて出てくる。


ぼくとコーヒーや食べ物の好みが近い珈琲十分の勝さんの自論、「結局、旨いのは油」。まさにそれを証明する香りと辛さと旨さが凝縮されたオイルを体験できるのだ。
そしてまた謎の店主がえらく研究熱心で、よく店を休業してはパワーアップして再開、というのを繰り返している。いつもなにか新しくなっているが、この油の旨さという芯は決してブレない。ここのところの山田は過去最高にいい状態だと思う。
タカくんもゆきちゃんも満足気。うちでコーヒー飲んでバイバイした。今度はタカくんの店、松山のワニとサイにうたいに行かなくちゃ。

旅の終わりと帰ってきた非日常

2016年11月28日

あきひと一家に青森空港まで送ってもらい、ハグして別れる。この頃はどこでも歌いに行くけど、一時期なかなか九州から出にくかった。ツアーに出たら次いつまた来れるかわからなくて、帰り際よくハグして別れた。ハグして別れた人たち再会するとまたハグを返してくれる。その瞬間、書き溜めた長い手紙を渡されたような気分になる。あきひととハグしに青森に来たような温かい気持ちになった。

青森空港は吹雪いていたのに、4時間後には大分に帰ってきた。このツアーに出る前に大分で一緒にライブした松山のタカくんも、九州一周の旅を終えてまた別府に帰ってきた。
その夜平井家でタカくんの旅でのパフォーマンスの進化を観せてもらおうと食事会が開かれた。タカくんは自作のマリオネット使いで、今回は昔からの相棒、ラブリーノというピエロタイプのスタンダードなこから、新顔のエンネという怪物タイプまで、たくさん連れて九州を回った。
はじめは不慣れなところもあったパフォーマンスも、別物のように進化している、とゆみこ。ぼくはあまり変わっていないような気がしたけど、悪い意味ではないよ。
下河原さんが刺身を作ってくれたり、ゆきちゃんのチヂミや、ゆみこの鍋、最後はポテトチップも混ざった雑炊でしめて、おいしくたのしい夜。
旅から帰ってきたその晩に、我が家でまったく日常とは思えないことが起こる別府。最高。

10年まちがい続けたら

2016年11月27日

今年も青森に来ることができた。
まずは青森まちなか温泉、去年と同じパターン。
旅の日常ってこういうものかしら。

うきぐものあきひとのやってる居酒屋、もぐらやでライブ。
まずは安達くん。9月のハイコーフェスぶりなので「おーっす」という感じだけど、安達くんの赤ちゃんは天使からちょっと人間に近づいたみたい。安達くんの歌には安達くんと安達くんの好きなものがたくさん詰まっている。


バンドのメンバーも観に来てくれていて、安達くんの代わりにギター弾いたり、割り箸でグラスを叩いたり、緩くてもバンドはバンドだなあ。

うきぐもはあきボー以外の4人がそろった。
さっきまでビール注いだり、焼きそば作ったりしていたあきひとの歌をいままで以上に優しく感じる。小さい音の、短いライブだったけど、うきぐもの音だった。
あきひとはあたらしいトラベルギターを弾いていた。これからも「そのギターどうしたの?」って尋ねられるくらいのペースで会いたい。



ぼくは長野〜新潟〜山形〜秋田〜青森のツアー最終日だったけど、特別なにかが終わるわけでもなく、たのしくうたわせてもらった。アンコールの「ロックンロールをよろしく」でうきぐもかずやがカホン叩いてくれた、いい夜。
次はみんなでホタテロッカーズのテーマやろう!

ライブの後、久しぶりにライブに来られたお客さんと話していて「もしかして八戸の?!」と聞いたら「10年前も八戸から来たと間違われました、逆にうれしいです」というエピソード。10年まちがい続けたらもうある意味間違いではないね。

ところで青森の寒さにびびってスパッツにレッグウォーマー、靴下重ね履きという万全の下半身で臨んだ平井でしたが、青森では誰もそんなの履いてませんよ、とうきぐも野宮。
行きつけのスナックのママの分もと、CDを2枚買ってくれた。
出会った頃あんなにフレッシュだった野宮がおれを追い越してどんどんおっさんになっていく。
打ち上げでも野宮の下ネタが群を抜いてエグかった。
歳を重ねると、相対的に歳の差がなくなっていき、たまに追い越されることがある。

あきひとが出してくれた新鮮なホタテや伝説のちくわの磯辺揚げ、美味かった。
大分と青森はこんなに遠いのに、もぐらやはなぜか近所にあるような気がする。
うとうとしてしまい早めのお開きになったけど、今から行って飲み直したい。

横手のサバくさい夜

2016年11月26日

今夜のライブを主催してくれたのはゴマシオキッチンの進藤くんではなく、彼の右腕、秋田のオダギリジョー、ヘアレストシュシュのオーナー近江くん。
会場はシュシュの向かいのフィリピンパブ「オリーブ」。
近江くんはお店の周年記念などでそのフィリピンパブを使って「SABAR」というサバ缶をアレンジした料理と音楽のイベントをやっているそうで、今回のライブも「SABAR」です。考えることがくだらなくて、さすが秋田人、大好き。

生の近江くんよりハイコーシネマに登場する近江くんをよく観ているので、近江くんの言葉がみんな映画のセリフみたいに聞こえる。他のハイコースタッフより訛りがキツい。その甘いマスクとのギャップがたまりません。

オープニングで演奏してくれるコピーバンドでは近江くんはドラムに初挑戦。他のメンバーも、初めて弾く楽器をやるというのがコンセプトのリアルパンクバンドでした。地元でホームのはずなのに、会場のオリーブにはなんとも言えない変な緊張感が充満していて、アウェー感たっぷりの初ステージ。
音のバランスとか細かいこと無視で、振り切っていて実にかっこいい。 ヒロト役の進藤くん、「ぼくが高校の時はみんなハイスタのコピーをしていて、ブルーハーツは微妙にかっこ悪い時代で、、でも本当はブルーハーツをやりたかったんです」みたいなことを話して、思いっきりヒロトみたいな動きで、本物じゃないんだけど、学園祭特有のヒーローオーラが出まくっていました。



秋田のヒロトさん


秋田のマーシーさん


秋田の河ちゃん


秋田のかじくん


秋田のミッキーさん

ゴマシオキッチンやハイコーフェスではいつも進藤くんの隙のないリクエストでセットリストが決まってしまうので、今回は自分のうたいたい歌たっぷりやるぞ!と思っていたのに。
うっかり近江くんと進藤くんにリクエストを聞いてしまいやっぱりほとんど隙がなくなってしまった…
秋田のライブはいつも特別過ぎて、いつもの感じのライブというのも一度観てもらいたかったのに。
結局いつもの感じなんてハイコーフェススタッフのみんなの前ではできないんだな…
そもそもいつもの感じってなんだ?
それでもうたいたかったフィッシュマンズのカバー「Go Go Round This World!」。
この景色の中をずっと2人で歩こうぜ〜

ちなみにフィリピンパブの音響はカラオケマイクとお店のスピーカーシステムを利用しており、マイクの音作りどころか、マイクごとの音量の調整すらできない。マイクとの距離で塩梅を工夫。これはこれでカラオケの限界に挑戦できてよかったが、次回はちゃんとした音響でもやってみたい。

サバ缶料理はサバージョが美味しかったです。
打ち上げの北海屋もサイコー。
けれど打ち上げというのはライブが終わったたのしさの上にあるはずなのに、ライブが終わったさみしさの方が大きいからやっぱり秋田。もう一回最初からやりたくたる。

追記:こちらは横手の変な店。

近江くん曰く残念ながらあまりほめるところがないそうです。

急行食堂とゴマシオキッチン

2016年11月25日

山形から電車で横手へ。途中新庄で乗り換え、長い待ち合わせ。
ちょうど昼時、街中をぶらぶらして見つけた 「急行食堂」の暖簾をくぐる。


いかにも昭和の食堂。気になるメニューがずらりと並ぶ。天国ラーメン、地獄ラーメン、どちらも味噌味らしい。

名物、鳥モツラーメンを注文。
待っている間、実家に電話。
きのうなに食べて帰ったの?何時頃家についた?
切り際、「正也が優しく成長してくれてうれしいよ」と母。
親にとってはいくつになっても子供は成長するものなんだね?おれ来年40歳。苦笑。


鳥モツ、あまり入ってないじゃん、と思うかもしれませんが、下にたくさん沈んでます。いろんな部位があって、魚卵みたいな食感のも。スープはどこか甘い。あまじょっぱい、というと醤油と砂糖のイメージがあるけど、そうじゃなく、塩と砂糖みたいな感じ。
麺がべちゃべちゃしていたけど、ここで素晴らしく美味しいラーメンを期待していたわけではなかったのかも、満足して店を出た。

秋田、ゴマシオキッチンでゆっくりするために今日はライブをしない。9月のハイコーフェス以来、進藤くんと再会。
明日のライブでハイコースタッフがバンドを組んで、ブルーハーツやハイロウズをやってくれるらしく、店内はブルーハーツやハイロウズが流れていた。
コーヒーとりんごのケーキ、とても美味しかったよ。普通、ファンというのは一方通行なものかもしれないけど、ぼくは進藤くんやハイコースタッフのファンなんです。


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